歴史は再び激流の時を迎える。

それは今まで起こったどの激流よりも深くそして過酷となり、世界を巻き込み人々を飲み込み、そして力無き者は沈められていく。

その序幕は静かに厳かに開かれようとしていた。

ある死徒の復活と共に・・・

四章『蒼黒戦争』

序『復活』

その城は美しかった。

しかし、その城は巨大な・・・余りに巨大な牢獄でもあり、封印の地でもあった。

なぜならそこに封印を施されていたのはただ一人の死徒であったから・・・







それは城の最上部玉座の間にあった。

玉座に腰掛けた一つの石像。

見る者が見ればその精巧さに呼吸すら忘れるであろう程の・・・

それは太古の昔ある死徒を封じる為その当時現存する全ての魔術師・魔法使い・司祭が全ての力を結集してようやく施した封印であった。

しかし・・・ピキ・・・

時すらも止められたと錯覚するような、永遠の牢獄内でその音は確かに聞こえた。

石像の右手の部分にひびが入っていた。

もしこの光景をかつて封印を施した者が見れば、深き衝撃を受けていたであろう。

この封印が破られる事など永遠に訪れるわけが無いと・・・騒ぎ立てていたであろう。

しかし、現実は・・・ひびは右手から右腕、肩口、胴・腰へと下へと・・・左腕・左手へ横へと・・・首・顔と上へと・・・全身に走り始めた。

そして、ガラスが砕けるより澄んだ音を立てて石像は砕け散った。







「・・・・・・」

それは静かに立ち上がった。

体の至る所に付着した、己を今まで縛っていた残滓を埃でもはたくように落とす。

それは静かに歩き始める。

懐かしむ様に壁や柱に触れる。

やがて玉座の間を出たそれは庭園に出た。

もう世話をする者がいないにも拘らず、その庭園は美しさを誇っていた。

「・・・久しいな・・・」

それは初めて口を開いた。

その瞬間・・・その城を覆っていた雷雲が吹き飛ばされ、煌々と輝く満月が照らされる事の久しくなかった、城を包むように静かに照らす。

あたかも城の主の復活を祝う様に・・・

それは静かに笑う。

死徒二十七祖第二位。

『the dark six=六王権』の復活であった。

そしてそれは『蒼黒戦争』・・・後の世にそう謳われる人と死徒の有史最大にして最悪の生存戦争。

この幕開けを厳かに告げるものでもあった・・・







千年城・・・今現在この城を守護するのはアルクエィドの執事、『魔道元帥』ゼルレッチと七夜志貴に救われた二十七祖第二十七位コーバック・アルカトラスの二人が協力して行っている。

そんなある日、コーバックが突然ゼルレッチの自室に雪崩れ込んだ。

「ゼルリッチ!!大変や!!一大事や!!」

「どうかしたか?お主がそこまで慌てるとは」

「ええから来いや!!一大事つったら一大事なんや!!」

そう言うと、最近ようやく様となってきた転移魔術を問答無用で使用しゼルレッチと共にある場所に向かう。

そこは太古の昔ある目的の為だけに作られた封鎖空間。

その空間の中心部にはこの空間の存在意義とも言える代物がかつては存在していた。

だが今そこには何も存在していない。

それどころか、中心部はぽっかりと空洞が開き、その底はようとして知れない。

「な、なんと・・・」

「昨夜、妙な気が空間から流れ出しとって確認してみたらこの様や」

「・・・『闇千年城』が消えている・・・」

「そうや・・・そしてこの事からはじき出される事態は唯一つ」

「「gU・・・『六王権』 の復活・・・」」

死徒二十七祖の中で最古の死徒と呼ばれ、死徒でありながら真祖そのもの・・・いや、真祖以上の能力を持ち、空想具現化すらも操り、その能力を使い死徒達の千年城『闇千年城』を作り出しその城主として納まった史上最凶の死徒。

その為に死徒達より『死徒の帝王』とまで呼ばれた。

更には東方のある大国を統一した王が自らを『皇帝』と僭称したことに準え、初めて死徒を統一した王として『死皇帝』とも呼ぶ者さえいた。

そうして彼は自分に付き従う死徒・死者を引き連れて人間達に戦争を仕掛けたが、結果としてはゼルリッチらの手により破れ去り、ゼルレッチら全魔術師の総力を結集してようやく、自らの居城もろともこの封鎖空間に封印した筈であった。

それこそ永遠に・・・

「どないする?ゼルレッチ、わいとしてはこの際双方の姫はんや志貴それに士郎の救援を請うのが正攻法と思うが」

「いや・・・姫や志貴達にはなるべく知らせたくない・・・これは我らの問題なのだからな、それにお二方は今ようやく華燭の典も終わられた時、事を荒立てたくない。更に言えば士郎は間も無く『大聖杯』破壊の任に就いて貰わなければならない」

「はあ・・・相も変わらず姫煩悩やな〜おんどれは・・・確かに士郎にはその任もあったのぉ〜・・・ま、しゃあない、わいも付き合うわ」

溜息を吐きつつもアルカトラスは同行を決意した。

「しかしやなゼルレッチ、何処を探す?いかに封鎖空間と言えどここは二人で人探し行うにゃ、ちーーとばかり広いで。おまけに万が一奴がここを出ておったらそれこそゲームオーバーや」

「案ずるなコーバック。あやつはまだここに居残っておる」

「何で判るんや?」

「あやつは、おそらくもう一つの封印を解こうとするだろう。そこで待ち伏せる」

「もう一つ?どういうこっちゃ?」

「ここにはもう一つ厳重に封印されておる場所がある。そこには『六王権』の最高側近が封じられておる。奴は必ずこの側近を復活させようとする筈、そこで待ち伏せる」

「最高側近?そいつ強いんか?」

「強いなどと言うものではない。あれが何故二十七祖に名を連ねぬのか?その疑問を抱くほどじゃぞ」

「ほんまかいな・・・洒落にならへんで」

「それだけではない・・・『六王権』にはその最高側近を除いてあと六人の腹心がいるがどれも二十七祖級の強力な死徒じゃ」

「マジか!!そないな死徒を七人もはべらせとんのかいな」

「だからこそ今の内に再度封印を施さねばならん。今ならわしら二人でも勝機はあるかならな」

「なるほど・・・それで姫はん達の連絡渋ったんかいな・・・」

そのようなことを言いつつもゼルレッチはある洞窟に到着した。

そこは封鎖空間の辺境に位置する場所であった。

「こないな所にあるのか?」

「うむ・・・これじゃ・・・」

そう言ってゼルレッチが指差す先には深くフードを被り顔を隠した一見すると魔術師風の男の石像があった。

「ほお・・・これがかの『六王権』の側近かいな。もう少しごついおっちゃんかと思うたが」

その時後ろから声が聞こえた。

「その通り。彼こそ我が最高側近『影(えい)』です」

二人がはじかれるように振り向くそこには、一人の男が佇んでいた。

服装は以外にも今風にジャケットに足首まで到達する、ロングコート、そしてジーンズにロングブーツ、その全てが黒で統一されていた。

「お久しぶりです。『魔道元帥』ご壮健のようで何よりです」

「わしはお主の顔を二度と見たくなかったがな・・・お主どの様に復活した?」

「どの様にと言われても困りましたね・・・私にも何故封印が解き放たれたのか判らないのです。ですが目覚めた以上は私は私の悲願を果たすべく動きますが・・・」

それ・・・『六王権』は心底困り果てたようにそう答える。

声には居丈高さは微塵も無く、一見すると温厚な好青年に見える。

「ほう、こら以外やな『死徒の帝王』やら『死皇帝』なんぞと呼ばれておるから、もっと傲慢な野郎かと思うたわ。それこそ白翼公のくそ爺の様にな」

そうアルカトラスは言うと、何の前触れも無く己の封印固有結界『永久回廊』を発動した。

その瞬間『六王権』は抜け出す事のかなわない無限の回廊に放り込まれた。

「ほれ、ゼルレッチ。はよ奴を封印しなおさんかい」

「うむそうじゃな。やはりこういう時お主は重宝する。さて、『六王権』、復活して直ぐに申し訳無いがお主には再度封じられてもらおう」

そう言うと、封印の呪を施そうとした。

しかし、それを横目で『六王権』は静かに唱える。

僅か一小節でそれを唱えた。

アルティメット・・・デス

その瞬間、『六王権』から瘴気と共にあるものが浮かび上がる。

それはボロボロのフード付きマントでその身を覆い白骨化した手で大鎌を持つそれは紛れも無い死神だった。

死神は大鎌を振りかぶると袈裟懸けに空間を切り裂く。

しかし、切り裂いたのは空間だけではなかった。

『永久回廊』にひびが入り、ガラスが割れるよりも澄んだ音を発して粉々に砕け散る。

「!!な、なんやと!!」

コーバックは絶句した。

かつて『思考林』を封じた時は広大であった為その密度は薄く破られる事も想定済みだった。

しかし、今回は一人の拘束を前提としたもの、それを打ち破る事は死徒でも、いやゼルレッチでも不可能なものである筈。

唯一の例外は志貴の『直死の魔眼』のみの筈だった。

それを『六王権』は容易く行った、なんと言う非常識の塊なのか。

「くっ!!死神の召喚を一小節の詠唱で実行するとは!!」

歯軋りしたゼルレッチは咄嗟に封印から攻撃に切り替えようとするが、次の瞬間、洞窟全体が鳴動を始めた。

「な、なんだ!!」

「あかん!!ゼルレッチ!ぶち壊されてもうた『永久回廊』の魔力が暴走しとる!!」

「なに!!いかん!!そうなれば最高側近が!!」

見ると、封印の像が暴走した魔力を次々と吸収し共鳴するように震え所々ひびが走っている。

「くっ!!再度封印を・・・」

「もうあかん!!脱出するで!!」

強引にゼルレッチの襟首を掴んで転移する。

それと同時に洞窟は崩壊した。







「はあ・・・はあ・・・なんちゅう奴や」

「・・・コーバック世話を掛けたな」

「何お互い様や。それよりも『六王権』はどないなったんや?」

「・・・・・・」

ゼルレッチは無言で上空を見上げる。

それにつられてコーバックも上空を見上げるとそこには更に非常識な光景が広がっていた。

上空に浮かぶのは広大な一つの城『闇千年城』。

「な、なんやあれは?・・・」

「・・・『闇千年城』は『六王権』が空想具現化で生み出した城、あやつの意思で自由に動かす事も出来る」

「なんちゅう奴や・・・ゼルレッチこうなったら、遠慮しとる場合やあらへん。志貴や蒼崎はんに知らせるで」

「無論だな。こうなれば一刻も早く奴を見つけ封印もしくは倒すより道は無い」

「決まりやな。まずは蒼崎はんの所に向かうとしますか?」

「そうするか・・・出来れば避けたかったがな」

そう言うと、ゼルレッチ達は転移でこの地を後とした。







一方『闇千年城』、城主の間では・・・

「影、よくぞ復活してくれた」

「陛下、身に余るお言葉・・・」

『六王権』は自分の前に立つフードを深く被った青年を親愛なる表情で語りかける。

彼にとって『影』は文字通り彼自身であり、あの激しき戦いを戦い抜いた同士である。

そこに主従は無かった。

「それよりも私は陛下に謝罪をせねばなりません。私達の非力さゆえに・・・」

その言葉を『六王権』は遮る。

「いや、あの時は私の力不足、それ以外に理由など存在せぬ」

「陛下・・・」

「影、私は君命を叶える為再び人を裁く。力を貸してくれるか?」

「無論にございます。私は陛下の影。陛下が戦いに赴くのでございましたら私も修羅の道を」

「そうか・・・わかったお主の働き期待しておる。それとこの足で『六師』を迎えに行く」

「はっ」

こうして、死徒の王は封印より解き放たれた。

しかし、ここより彼の姿は暫し、表舞台より姿を消す。

彼が歴史に本格的に姿を現すのはそれから数ヵ月後・・・『蒼黒戦争』の開戦を告げる時であった。










後書き

   少々異例ですがここで後書きにかこつけて次からの話を説明させてもらいます。

   次回からは一話の『蠢動』が始まりますが、これを下記の三つに分割します。

   『蒼の書』・『黒の書』・『聖杯の書』です。

   つまり、『蒼の書』が志貴達を中心として、『聖杯の書』を士郎達『聖杯戦争』に重点を置き、最後の『黒の書』では『六王権』サイドの他に、その他の勢力(聖堂教会や魔術教会)の動きを書きます。

   時系列も追々作って行こうと思いますので楽しんでみて下さい。

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